ギャラリー

悠久の自然の中で見たもの、感じたもの、
そして私たちに伝えたかったこと。
星野道夫からのメッセージを
遺された写真と文章で紹介します。

アラスカ・夏

アラスカの夏は、生命の営みが
怒涛のごとく爆発する季節である。
ツンドラを埋めるカリブーの大群、
南から営巣にやって来たさまざまな渡り鳥たち、
咲き乱れる極北の小さな花々……。
アラスカの夏は短い。
生物たちは、冬がやってくる前に成長と繁殖の営みを
急いで仕上げなければならないのだ。

そして今、南東アラスカの森に流れる川に立ち、
目の前に広がる光景に僕は圧倒されている。
川幅をはじからはじまで染める黒い帯は、
産卵のために遡上するサケの巨大な群れだった。

“サケが森をつくる”
この土地のインディアンの古い諺を思い出していた。
南東アラスカの森を流れる無数の川。
その上流で一生を終えたサケの大群は
再び下流へと流されながら
森の土壌に栄養を与えてゆくのだという。

つい数日前、近くの海で
同じような光景に出合っていた。
ボートを進めていくと、あたり一帯の海面が、
ニシンの大群で異常な黒さに染まっているのだ。
水平線に目をやれば、6~7頭のザトウクジラが
潮を吹きながらまっすぐこちらに向かってくる。

あれほど離れているのに、クジラはなぜ
このニシンの群れの存在がわかるのだろう。
やがてクジラは黒い海面に突入すると、
巨大な口を開けながら
狂ったようにニシンをむさぼり始めていた。

自然はいつも太陽の恵と共にある。
しかし、夏のアラスカほど
その恵みの意味を知る場所は多くはないだろう。
自然は、長い冬の間待ち続けた力を、
つかの間の季節の中で
一気に解き放つかのように開花する。

「母の友」1993年7月号(福音館書店)より

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