ギャラリー

悠久の自然の中で見たもの、感じたもの、
そして私たちに伝えたかったこと。
星野道夫からのメッセージを
遺された写真と文章で紹介します。

クジラの神話は宇宙を漂う

太古の森は、木々や倒木、
地面や岩さえも一面の苔に覆われ、
森全体が一つの生命体のような
不可思議な世界をつくりあげていた。
ぼくは何かに憑かれたように森の中を彷徨っていた。

シーンと静まり返り、
じっと動かない森の気配の中に、
自分の知らない時間のスケールを
捜していたのかもしれない。
この森は、気の遠くなるような時の流れの中で、
少しずつ動いているからだ。
目には見えない森の動きを、
ぼくは心の中で感じたかったのだろう。

どこからか不思議な音が聞こえてきたのはその時だ。
シューッ、シューッ……と。
森の中からかすかな音が渡ってくるのである。
一体何の音だろうと、木々の間をくぐり抜けながら、
その音の正体を確かめるために進んでいった。

やがてあたりが明るくなり、突然森を抜け、
猫の額ほどの小さな浜辺に出ると、
目の前の海を、二頭のザトウクジラが、
悠々と潮を吹き上げながら通り過ぎてゆくではないか。
ぼくは浜辺に腰を降ろし、
その姿が水平線に消えてゆくまで見送っていた。
遠い昔のインディアンも、
こんなふうにクジラを眺めていたのだろうか。

遥かな海岸山脈をのぞめば、
いくつもの谷が氷河で覆われているのが見える。
かつてこの土地を埋め尽くしていた
氷河がゆっくりと後退し、
新生の大地にはいつしか森が育まれ、
深い谷間には押し寄せる海と共にクジラが戻ってくる。
地球の歴史は一体
何度こんなことを繰り返してきたのだろう。

ぼくは何か不思議な気持ちにとらわれていた。
森も氷河もクジラも、悠久な時の流れの中で、
どこかで深くつながっているような気がしたのである。

「森と氷河と鯨」世界文化社より(現在は文藝春秋)

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